こつこつ
新年になってから本を二冊読んだ。
中学高校では自称本の虫であったのに,大学に入学してからは読書とは疎遠になっていた。なので10日弱で二冊読むというのは私にしてはペースが速いとおもう。
今年の目標のひとつに,読んだ本の感想をブログに書くというものがたぶんあったように思う。
しかし私は読んだ本は読みっぱなしのタイプの人間であるので(よっぽど面白くないと記録をつけない)何を書いたらいいのかが分からない。
そうはいっても,インプットしたならアウトプットしたほうがいいというのは犬や猫にでもわかることであるので,やはり私は目標通り感想を書かねばならない。
なので,グーグルに「書評 書き方」「読書 感想 なにをかく」などとお伺いをたてた。グーグルのおかげで,書評ブログをかくためには読んでいる途中に書評ブログのための素材集めをすることが大切らしいことが分かった。気になったところに付箋をはり,ひらめきをノートに書き留め,それをブログとしてまとめるらしい。
ふーんへーなるほどねーー,と思ったものの,もう読了しているのでこの方法は使えない。
なので適当に書こうと思う。読んだ端から内容は忘れてしまうので,これからは記録をつけようかと一瞬思ったが,自称気まぐれプリンセスなのでやるかどうかは分からない。
読んだ本その1
空きコマのときに暇つぶしのために読んだ。大学の図書館はあまり人がいないので好きである(バカ大学なのでみんな図書館に行かない)。昼食後に日の当たる場所で読書をしているとちょうどいい感じに朦朧としてくるのだが,この本は面白かったので昼寝はしなかった。どうかしているやばい恋がたくさん載っていた。ろくでもないものばかりなので,絶賛恋愛中の私はもっと情熱的で破壊的で激情型の恋愛をしてもいいのだと勇気づけられた。こころの中に皇帝ネロを住まわしたい。
読んだ本その2
去年から読み始めていた本。冬休みの間に集中講義があって,あまりにも退屈な授業が一日5限ぶんもあって死にそうになったのでそのときに読んでいたのである。しかし暮れのごたごたで存在を失念,リュックのなかで発見したことにより読書再開。
扱いが悪いように思われるかもしれないが,三年くらいずっと読みたくて本棚に飾っていた本でもある。満を持して読み,私の過大な期待に応えてくれる面白さであった。さすが超名作!やはりミステリはいい。
あけおめ
不安定
最近は情緒不安定である。
バイトをやめてしまった。
バイト先の人間関係が極悪で,とあることからがまんができなくってしまって,社長に辞意の電話をしてしまった。電話の途中から涙が止まらなくなって,社長に心配されてしまった。電話するまでは自分がそこまで思い詰めていたことに気付かなかったが,限界が来ていたみたいだった。社長は優しかったので,放り出すような形で辞めさせてくれた。精神を切り詰めて頑張っていたことが突然なくなって,手放したのは自分のほうなのに,どうして全うできなかったんだろうと少し悩んだ。
好きな大学の教授が退職されることを知った。
別にゼミ生だったとかのかかわりあいの教授ではなかったが,今年度中に退職される話をきいて,ショックをうけた。大学は私の初めてできた居場所であるので,変わらない事なんて何もないのに,変化していくことが悲しいのかもしれない。もう大学に通えるのもあと二年なのだと思うとそれも悲しい。
メンヘラに逆戻りである。あーあ。
はあ~
11月になった。
2018年ももうのこりわずかだと思うと、のんびりしている暇ではないと謎の焦燥にかられる。
しかし実際はのんびりなどしていない。
最近の私は多忙なのである。
大学の後期が始まってから、バイト、バイト、大学祭のサークルのいろいろの準備、習い事の発表会の準備、課題、バイト(くそったれ)、といった感じに休まる暇がなかった。
バイトというものはやっかいで、やめようと思ってもいろいろな理由からやめますと言えないし(始めたばっかだし店長が怖いしお金が必要だし……)、でも若い私の貴重な時間が搾り取られていて苦しいし、といった具合である。
課題もなぜか2年の後期になってからどっと増えた。まあこれは勉強しているという実感が得られるのでいいんだけど。
大学祭は大変だった。もう終わったことで、私は喉元過ぎれば熱さ忘れるといったタイプなのであんまり苦しかった記憶はないのだが、ストレスがかかっていたようで治りかけていたニキビが復活してしまった。サークル以外に学部のほうでも学園祭の準備があったのだが、そっちのほうではいつもは話さない人と話すことが出来て友達になることが出来てよかった。高校生の文化祭のようなことは大学になってからもあるんだなと思った。
ストレス漬けの10月だったようで体が疲れ切っている。
こないだは休みに14時間も寝てしまった。
大学2年は一番気楽とどこかで聞いたことがあるが、私の気楽な時期はどんどん減ってるのだと思うと少し悲しい。
頑張っている
最近の私は頑張っている。
何を頑張っているかというと、バイトを始めたのである。
齢二十ホニャララ歳のわたし、人生初の労働である。
仕事は覚えることがたくさんある。
初日で心が挫けすぐ辞めようと思った。だが、能力が高く優秀なわたくし(笑)は仕事に適応するのも早かったので、覚えながらなんとか続いている。
初日の夜に、友達に辞めたいと泣きつくと「みんなそんなもの。我慢している」と諭された。そっけないと思ったが、働いていくうちに、確かにそんなものかなと気持ちが割り切れつつある。
いつまで続くかはわからないが、いい経験をしていると思う。
自分のお金が増えていくことはうれしいことも分かった。
眠れない夜
夏休みになってから、眠れなくなってしまった。
大学に通っているときの就寝時間より一時間ぐらい遅くに電気を消して、ベッドにもぐって目を閉じる。iPhoneでお気に入りのスローテンポの音楽を聴く。
それから、いろいろと考える。後期のこと、友達のこと、今度の旅行のこと、バイトのこと、家族のこと、こうなったらいいなあと思うロマンチックな妄想、飼っている猫のこととか。
普通だったら眠たくなるところだが、最近はまったく眠たいと感じなくなった。むしろ考えれば考えるほど目は冴えていく。
そうすると思考はいじわるなので、あまり思い出したくないほうへすすむ。不登校だった中学時代を回想してしまう。
中学生の私は、永遠に中学生でいられたらいいと思っていた。母親も父親もわかいままで、祖父母も生きていて、私は守られ、嫌なことはしなくて済む世界にずっと住んでいたかったのである。将来が見えない閉塞感に息が詰まりそうになって毎晩泣いていたくせに、中学時代がずっと続けばよくそれが幸せなのだと思っていた。
あのころの私と大学二年生の私は精神的には大きく違う(と信じている)のだが。
しかし、つめたい風が窓から入ってくることや、眠れなくていろいろな思索にふけっていること、その時に聞いている音楽は変わっていないので、ふと自分が中学生に戻ったような感覚にとらわれてしまう。
マドレーヌを紅茶に浸したときに過去の記憶が鮮明によみがえるように、涼しい夏の夜にベッドに横たわっていると、かわいそうな私を思い出してしまう。
大学二年生になっても、大学を休んだことは一回もなくても、実生活はちゃんと送れていても、友達がたくさんいても、不登校だった時からもうずいぶん時間は過ぎたのに、いまだに私は「不登校の私」にとらわれている。
ひま
大学二年の夏休みでございます。
お久しぶりのブログでございます。
というわけで、大学二年の前期も無事に終了した。月日が経つのは早い。
ついこないだまで、大学にひいひいと言いながら通っていたかわいい一年生の私はもういない。今の私は隔年開講の授業や学科のあつまりで一緒になる一年生をなんとなく威圧する嫌な先輩なのである(威圧はしてないけど先輩っているだけでなんかうざいものじゃないですか?)。
二年の前期はいろいろあった。
とくに勉強が大変だった。レポートレポートレポート……。当分の間、「、」を「,」と書かないといけない文章は書きたくない。
人間関係は良好。ときめきメモリアルのような日々もあったけど、決定的なホームランみたいなことはないまま。たぶん卒業する時に教会に行くと告白されるのだろうとおもって荒れ狂う心を宥めている。友達とは……まーうまくいってんじゃないっすかね。
このように大学関係はいいかんじだが、実生活はあまり充実していないかもしれない。
私は生まれてからこのかた自分の一番の趣味は読書だと思って生きてきたのだが、この数か月全然本が読めなくなってしまった。面白そうな本を買っても積むだけで、電車の中で本を開いてもなぜか、読めなくなってしまった。
読書体力(そんなものがあるのかは知らないが)が低下しているから読めなくなったのだと思っている。
というわけで最近の私は無趣味なのである。つまらん人間になってしまった。なんでもいいから趣味がほしい。それかまた本が読めるようになりたい……
あいかわらず変なブログになってしまった。
ブログってなにをかけばいいんだ。