読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いろいろ

文章力がない女子大生の日記

楽観的

前の記事で大学サイコーみたいな文章を書いた。

実際その通りで、学科の少ないクラスメイト(と言っていいのか)の女子とは大体いい関係を築けている。

 

 

小さいころは基本的には天真爛漫で周りから愛され(笑)な性格だった。保育所のころに何回か先生が怖くて通園拒否をしたことはあっても、産まれてからの数年間はおおむねいい人生だった。

 

それから親の都合で転校をし、クソみたいな同級生たちに囲まれたせいで私は少しずつ精神を病んだ。悪魔のような同級生たちは今になって考えてもクソ以外の何物でも表現のしようがない性悪たちばかりだった。出る杭は打つ!よそ者は消えろ!のいじわるな考えは、彼らを最後に見てから十年は経つのに、時折悪夢となって私を苛ます。

 

 

大学のオリエンテーションでドッヂボールをした。私は小学生のころ、ドッヂで最後まで逃げていただけでなんの役に立たなかったと恫喝されたことがあって、ドッヂという単語を聞くだけで震え上がるぐらいトラウマである。(その男子が憎いのではなく、その現場を見ていたのに何もしなかった教師に対しての絶望感が私のトラウマになっている)

しかし数年ぶりにしたドッヂは、するまでには恐怖で手が震えたが、始まってみるとなんのことはなくすごく面白かった。女子はキャーキャーはしゃぎながらボールをよけて、めっちゃスポーツが上手そうな男子がボールをとって投げ返しているのがすごくかっこよかった。ボールに当たって外野に移動しているとき私は、同級生のクソに怒られそれを先生が見て見ぬふりをして悔しさで泣いていた「私」は過去になっていたことを知った。

 

昔はしんどいことがあってもいつか忘れられる、と思っていた。いつかというのはいつ来るのだろうとずっと考えていた。なんで今すぐしんどい思いから解放されないのだろうとイライラしていた。おいおい泣いて、こんな私の苦しみを一つも知りもしない、私を傷つけたやつらを一生許さないしあいつらが不幸になりますようにと願った。(今でも若干不幸になっていてくれたらいいのにとは思うが)

でも、私のいつかは十年経った今までの間に知らないうちに来ていたようで、昔の登校拒否児童だったころの私もすこしずつすこしずつ消えていっている。

 

 

大学に入るまでずっと不安でたまらなかった。

何一つうまくいっていない人生なのにいい未来があるなんて思えなかった。挫折ばかりの人生で、生きることがしんどくて、自分を出せなかった。現実逃避で寝ることが一番好きだった。

たぶんこれからもしんどいことは山のようにあるだろうと思う。(とりあえずこれからレポート書かなきゃなんないしね!)

だけどとりあえずは、次にしんどいことがあったとしても、自分で取り戻した自信があるから、ぽっきりいっちゃうことはないかなと思う。

 

しんどいことがあっても、小学生のあのころや、一人で自殺することばかり考えていたころに比べればいい環境にいるのではないかと思って、あの頃の私に顔向けできないようなことになりたくないと思って頑張っていきたいと思う。

あの時死んじゃえばよかったんだなんて思いたくない。

 

とりあえず今はこんなハッピー前向きな気分。

来週、再来週、五月になったらどんな気持ちでいるのかは知らん。

大学やめてえとか思ってたら笑えるけど、そういう時は今のこのはちゃめちゃ前向きな気持ちを思い出したいなあ。